さて、以前の記事はもっぱら頭鞍の隆起具合や、頭鞍結節式にのみに注目していましたが、それ以外にも鑑別の目安があります。
以下の引用元はすべて、先の記事の約25年後に、Ramskoeldらにより発表された論文、Silurian encrinurid trilobite from Gotland and Dalarna, Sweden, 1986によります。
このプンクタトゥスという種には、この論文によると、3つの異なる形態 (亜種のようなものか) がありまして、この著者らはそれを、FORM A, FORM B, FORM Cと称しております。
以下に分布や形態上の特徴を図と合わせて記しました。
**************************
FormA
1. 分布
Type form (模式形態) . ビスヴィ床 (Visby Beds) やホークリント床 (Hoegklint Beds) で主に産出。
英国のウェンロック石灰層 (Wenlock limestone fm) でも多産.
2. 頭鞍前縁の結節数
ほとんど8個 (図中の黄色の丸)、稀に10個
3. CT1の矢状方向での位置
眼の後縁の後部
4. CT2とrachial溝 (Occipital ringの前の溝) の間の小結節の数
1〜3個 (緑四角形中の小結節)
5. 頬棘の形状
先端でカーブ
FormB
画像は省略
1. 分布
エストニアのみで産出.
2. 頭鞍前縁の結節数
ほとんど8個、稀に10個
3. CT1の矢状方向での位置
眼の後縁の後部
4. CT2とrachial溝 (Occipital ringの前の溝) の間の小結節の数
0か、稀に1個
5. 頬棘の形状
先端で微妙にカーブ
FormC
1. 分布
ゴトラントのスライト床 (Slite Beds) のみで産出する.
特にゴトランド北西部のスライト泥灰岩で多産.
2. 頭鞍前縁の結節数
10個
3. CT1の矢状方向での位置
眼の後縁の前部
4. CT2とrachial溝 (Occipital ringの前の溝) の間の小結節の数
なし
5. 頬棘の形状
先端はまっすぐ伸びる
****************************
FormB はエストニアのみで産出ですので、今回は画像等は省略しております。
本当はもっと色々あったのですが、キリがないのと、私が今ひとつ理解できなかったので、載せるのをやめて、判断し易い部分だけ抜粋しました。
それと、説明文中のCTというのはCircumocular tubercles (眼周囲結節) の略で、眼をぐるり一周取り囲む、頬部の大きめの結節のことです。
下図がわかり易いのですが、固定頬の結節に対して、外側の自由頬との境界部の結節から順に、CT4, CT3, CT2, CT1と名をつけております。
頭鞍結節式と合わせて、バリゾマ含めエンクリヌルス類の鑑別・記載に重要だそうで、論文中によく登場します。
さて、この基準に照らし合わせて、今回の標本はどうかと見ていきますと、
1. まず分布は、ゴトラントのスライト床 (Slite Beds) であり合致
2. 頭鞍前縁の結節数は10個であり (前記事をご参照ください) これも合致
3. CT1の矢状方向での位置は、眼の後縁の前部と言えるような言えないような、、、保留
4. CT2とrachial溝 (Occipital ringの前の溝) の間の小結節の数は、まあ0と言って良いのかな
5. 頬棘の先端は確かにまっすぐ伸びています
というわけで、まあこれはFormCと言ってしまって良いのではないかと考えております。
他、頭部の話ばかりしておりましたが、胸尾部に関しては、特に尾部は個体差激しく、非常にヴァリエーションに富むらしく、あまり鑑別の参考にはならないそうです。
プンクタトゥスの胸節の数は11程度とのことで、本標本は11〜12だと思うので、それも合っています。
というわけで、この標本はエンクリヌルス・プンクタトゥスのFormCということで良いのではないかと判断しております。
**************************
最後にエンクリヌルス・プンクタトゥスのFormAと、E. tuberculatus (エンクリヌルス・ツベルクラトゥス) の関係について少し。
ツベルクラトゥスは、英国のウェンロック石灰層で産出するという事が、マニアには良く知られております。
一方で、非常によく似たプンクタトゥスとされる(名前がついている)英国産標本も見かけ、英国三葉虫マニアの私は、一体その両者は何が違うのだろう??と数年来の疑問でありました。
手持ちのE. tuberculatus (マルヴァン、英国産。ウェンロッキアン。頭胸部と尾部が分離している)
前の記事の論文では『ツベルクラトゥスは、スウェーデンのプンクタトゥスに相当する (相同な) 種の、英国産のそれに割り当てられた名称である』という風な記述がなされておりました。
そして今回の論文を読む限りでは、英国産のツベルクラトゥス = プンクタトゥス FormA ということなのではないかと疑っております。
実際、私の手持ちの上のtuberculatusは、今回・前回で挙げたようなプンクタトゥスの特徴 (頭鞍の膨らみ、頭鞍結節式ⅲ-0の存在など) を満たしており、頭鞍前方の結節数が8個であるなど、他にもFormAらしき特徴を満たしておりました。
また考えが変わるかもしれませんが、とりあえず私は今はそんな感じに理解しております。
こちらは、別の手持ちのE. punctatusとされるもの
(ダドリー、英国産。眼も含めしっかり揃っているが、如何せん変形が激しい)
以上になりますが、今回はプンクタトゥスのみしか扱えなかったので、いつかマクロウルスを入手できれば、そちらも調べてみたいですね。
あとは、調べている過程でBalizoma (バリゾマ) の特徴などもちゃんと理解できましたので、また記事にしたいですね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。